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だから、言わんこっちゃない ~EEIE Editor's VOICE~

09.10.14

手持ちのノウハウや道具で生きていく。~『ブリコラージュ』という知恵

10月に入って、季節はすっかり秋になりましたが、みなさんお元気ですか?
EEIE エディターズ1号です。
以前にこのブログでもご紹介した月刊誌『ミーツ・リージョナル』の畑計画。
その後、夏から秋へと季節を跨いで、着々と進行してまして、ナスやキュウリ、ゴーヤにサンチュ、シシトウ、トマト...と続々と恵みの収穫が。
スタッフみんな、ほぼ始めての畑作業だったんですが、「ちゃんと育つもんやなぁ~」と大きく実った野菜を収穫しつつ、ホクホク顔です。
週末には、子ども達も連れて行って、一緒に畑作業。
子ども達も初めての農作業を、見よう見まねで楽しみながらお手伝いしています。
(写真はそんな様子を撮った1枚)

肩に鍬を抱えていたパパの真似をしてか、気が付けばこんな格好で...。
きちんとお手伝いしてるでしょ!?

そんな畑作業をしつつ考えたのが、鍬や鋤などの昔ながらの道具の便利さと、そこに培われたお百姓さんたちの知恵。
極めて単純かつシンプルな構造の道具なのに、畑を開墾して、耕して、畝を作って、といった畑作業の工程のそれぞれで、これ以外の形はない、と思えるほど機能的で、かつ合理的に出来ていて、これを考え出した昔のお百姓さんや職人さんは偉いなぁ!と関心することしきりです。

で、そんなことを考えているうちに、思い出したのが「ブリコラージュ」。
構造主義の偉人であり、ジャック・ラカンやミシェル・フーコーらにも影響を与えた、文化人類学者であり、民族学者でもある思想家、クロード・レヴィ=ストロースが、ブラジル内陸部に暮らす部族の社会のフィールドワークで見つけた、木の枝や端切れ、余り物など、手元にある道具を用いて、本来の用途とは関係なく、当面の必要性に役立つ道具を作る知恵のことで、これこそが人類が原初から持っていた知のあり方(=野生の思考)であり、近代社会にも適用されている普遍的な知のあり方であると考えた。

その場で手に入る、ありものを寄せ集めて、その使いみちを試行錯誤しながらも、生きていくのに必要なものとして使いまわしていく、それがブリコラージュであり、そのブリコラージュの知恵を用いる人物、既にあるものを寄せ集めて必要なものを作り出す、そんな創造性と機智に富んだ人を「ブリコルール」と定義した。

そう、単純かつシンプルな構造の鍬や鋤を使って、土地を開墾し、耕し、畝を作り、その時々の天候や事情に応じて、創意工夫を懲らしながら作物を育てて暮らしていく、そんな昔ながらのお百姓さんのあり方は、まさにブリコルール的であると思う。

このブリコラージュに相対するものとして、クロード・レヴィ=ストロースが定義したのが、理論や設計図を前提にそれに基づいてものを作っていく、近代以降に主流となった「エンジニアリング」という知のあり方。

そんなエンジニアリングのあり方は、現在のマーケティング的な社会の考察の仕方や、現在へと受け継がれる成長志向の経済活動の状流として流れているように思う。

社会全体のパイが知らず知らずにどんどん大きくなり、みんな昨日から今日、今日から明日と、自然に生活に余裕が出来て、消費活動さえしていれば暮らしていけたこの20~30年の日本は、人類全体の歴史から俯瞰すれば極めて異例。人類の歴史は基本、貧窮ベース、飢餓ベースであり、私たちの先人は、生きていくためにみんなそれぞれの手持ちの知恵と技術をシェアし合って、コミュニティの中で助け合いながら暮らしてきた。

今一度、そうした先人の知恵を見つめ直して、それぞれが持っている手持ちの知恵や技術、道具、ネットワーク、そして環境を応用して、今日から明日へと生きていく、ブリコラージュの知のあり方が今こそ大事なのではないかと思う。

「婚活ブーム」が囃し立てられ、結婚することが難しくなってしまった今日、結婚というのも、このブリコラージュ的な生きる知恵なんだけど、その話はまた機会があれば。

というわけで、そんなブリコラージュ的な知のあり方を説いた、クロード・レヴィ=ストロースの膨大かつ深淵な知の世界への入門書として、まずはこの2冊に目を通してみてはいかが?

a)『サンパウロへのサウダージ』クロード・レヴィ=ストロース写真集
今福龍太 訳(みすず書房、2008年)

b)『ブラジルから遠く離れて 1935-2000 クロード・レヴィ=ストロースのかたわらで』
今福龍太+サウダージ・ブックス 編著(サウダージ・ブックス、2009年)

レヴィ=ストロースといえば、人類学の古典的名著であり、一人のユダヤ人学者のトラベローグとしても読める『悲しき熱帯』(1955年)や、サルトルとの論争でも有名な『野生の思考(パンセ・ソバージュ)』(1962年)がまずは基本だが、初めての方にはとっつきにくいかもしれないので、まずはこの写真集で。'30年代にブラジルのサンパウロ大学に社会学教授として赴任したレヴィ=ストロースは、サンパウロの街を歩き回りながら、街のスナップを撮りためていた。その写真群が半世紀以上の時を経て、まとめられたのがこの写真集。'30年代の南米の勃興する植民都市の日常を活写したこの写真群は、1908年に生まれ、20世紀をまるごと生きたレヴィ=ストロースという唯一無二の人類学者の人生の時間的・空間的リアリティを、60有余年の時を経て今へと伝えている。
『荒野のロマネスク』(筑摩書房、1988年)や『クレオール主義』(青土社、1991年)などで、歌やダンスなどの文化の越境による、土地の人間との共生的な叡知の回復を説いた気鋭の文化人類学者の今福龍太は、レヴィ=ストロースから遥か65年後に同じサンパウロ大学に、これも同じ人類学者として赴任したことをきっかけに、かつてレヴィ=ストロースがサンパウロで撮影した同じ位置を見つけては、同じアングルで同じ街路を撮影するという行為を半年間行った。そのレヴィ=ストロースと今福良太が半世紀以上の時を経てそれぞれ撮影したサンパウロの写真は、2007年11月に、東京・茅場町のギャラリー・マキにて、『ブラジルから遠く離れて1935/2000』展として公開されたが、ブラジルの一都市の風景の記憶であり、やがて忘却される風景の喪失でもあり、写真という装置を媒介にした、人間の時間の消費への洞察が垣間見える印象的な展示となった。
『ブラジルから遠く離れて 1935-2000 クロード・レヴィ=ストロースのかたわらで』はこの映像展示を、言葉による表現に転写したドキュメンテーション的な本。
神奈川県の葉山町の丘にひっそりと建っている古民家にある、本のサロン[サウダージ・ブックス]より発行された。

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エルマガジン社/EEIE エディターズ 「快適できれいなくらし」の姿を追い求め、日々、取材や編集に明け暮れるエルマガジン社EEIEエディターチーム。三者三様なパーソナリティを全開に、仕事漬けの毎日で、自らの家庭での暮らしは「快適できれい」とは正反対のところが悩みの種…。
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