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  4. 第12回 家族愛が支える京都・丹後のくらしと営み。
  5. Chapter.1 夫婦愛が支える、伊根の舟屋の営み。

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grafが近畿2府4県を旅して考えるきれいなくらし

10.02.24

Chapter.1 夫婦愛が支える、伊根の舟屋の営み。

今回はこの連載の12回目にして、意外にも初めての京都へ訪問。
とはいえ、京都と言っても、丹後の日本海沖と遠いので、集合は早朝の7時。当日は朝からあいにくの雨で、丹後地方は雪かも?と心配しましたが、それは取り越し苦労だったみたいで。中国道~舞鶴若狭道~京都府縦貫道と走って、宮津天橋立IC までは約2時間ぐらいで着きました。

伊根の舟屋の街並み。こうした舟屋造りは世界的にも珍しく、国の「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されています。まさに海と直結した営みです。

与謝郡伊根町は丹後半島の先端、経ヶ岬の東側。リアス式海岸の若狭湾に面していますが、舟屋があるエリアは、地図上で見るとさらに小さな湾になっています。ここが伊根湾です。入り組んだ湾になっているため、よほどの台風でない限り、荒波になることはありません。

舟屋とは、言わば船のガレージ。よく1階がガレージスペースになっている一戸建ての家がありますが、舟屋の場合、ガレージに入れるのはクルマではなく、船。漁から帰って来た船はそのまま舟屋の建物の中に入るようになっています。だから舟屋は海辺のギリギリに建っており、海側から見るとまるで海に浮かんでいるようにも見えます。

訪問した加藤久夫さんのお宅はここ伊根で4代目になられる漁師さん。豊後丸という船で漁に出ています。昭和26 年に建て替えられたという舟屋に伺うと、ちょうど久夫さんは漁に出ているところで、奥様の君枝さんが案内してくれました。君枝さんはここ伊根町の観光協会の散策ガイドもされています。陸側から見ると、普通の家。でも奥に入ると...。

「ガレージの向こうに海が見える! 不思議な感じ」

君枝さん「主人は今、ちょうどイカを獲りに出ています」

「イカ漁って夜に海に出るんじゃないんですか?」

君枝さん「夜に出るのはこの辺ではスルメイカ。今の時期は午前中に出る剣先イカです」

「舟屋は何軒ぐらいあるんですか?」

君枝さん「4キロほどの入り江に約230 軒並んでいます。母屋が330 軒。母屋というのは生活する場です。この辺りは昭和25~6 年頃、ブリがたくさん穫れるようになりましてね。この辺りの人は、そのブリの景気で現在の舟屋に建て替えたんです。終戦まもなくで物資はありませんでしたが、この辺りはブリの大漁でみんなに平等に配当金が渡って...」

それまで住民は山側に住んでいましたが、やはり漁業を営む上でなにかと便利なのは海岸近く。そこで山沿いに母屋を建てて、すぐに海に出られるようにと海沿いに建てられたのが舟小屋でした。古いものは江戸時代に建てられたものもあるそうです。昔の舟屋は草葺きの平屋で、舟だけを収蔵するところでしたが、ブリ景気以後に新築された舟屋は、2 階に客間があるそうです。

「舟屋っていうのは全国でもこの辺りだけですか?」

君枝さん「そうですよ。全世界でもここだけ。なぜかと言うと、ここは湾になっているから、波が来ない。潮の干満の差が少なく1年のうちの干潮の差は80cmくらい。また、海が急に深くなっているので、船の出し入れに便利ですし。昔は木の船だったので船の劣化を防ぐ役割もありました」

「漁師さんって減ってるんですか?」

君枝さん「減ってます。というか、魚が減ったので、漁協が働く人を減らしたんですよ。事業縮小です。やはり漁師は魚が獲れんと生活できませんから」

「子供さんは継がないんですか?」

君枝さん「うちの子は神戸市漁協の職員をしておりますので魚には関係あるんですが、もう向こうに家も建ててますからね。こちらに帰って来ても働くところがないでしょう」

「そういうお家が多いんでしょうね。ということは舟屋も減ってしまいますか?」

君枝さん「舟屋は減りませんよ。舟屋はね、漁師やめてもみなさん絶対売られません。貸すこともありません。舟屋というのは船が出るためのもので、門に栓をかけてふさいでしまったらただの作業場ですからねぇ。結局、家というのは人が住んでいなかったらあかんのと一緒ですよ」

  • 舟屋の暮らしについてご説明頂いた加藤君枝さん。ボランティアで伊根町の観光協会のガイドもしていらっしゃいます。
  • 舟屋はこのように漁具の倉庫としても機能している、漁師さんのベース基地といったところ。
  • 雨の日でもそんなに波が高くならないので、海水が入ってくることがなく、この舟屋の造りが可能になっています。
  • 船が帰ってきたら、この足下のローラーで船を転がして引き上げる。
  • 船が帰ってくると、餌の余りなどを目当てに海鳥がたくさん飛び交います。
  • お父さんが漁から帰ってきたところ。迎える君枝さんの表情が自然と和らいでいます。
  • 剣先イカ漁の餌のイカをお父さんに捌いて頂きました。身が透明で歯ごたえがあって、天然の塩味で美味しいかった!

そんな話を聞いているうちに、赤いベストを着たお父さんが乗っている船が見えて来ました。帰って来た船がうまく舟屋に入って来れるように導くのは君枝さんの仕事。沖合にお父さんの船が見えるとサッと長靴を履いて準備。船が入ってくる部分の床にはローラーが付いていて、スムーズに出入りできます。これはお父さんのオリジナルのアイデアだそうです。

「わぁ、実際に船が入ってくると、舟屋の存在感も変わるなぁ」

君枝さん「お疲れさま、遅かったね、どやった?」

お父さん「今日は大漁ちゃうかったで」

生きたままの獲れたてのイカは市場で出荷してから舟屋に戻って来るので、大きいイカはありませんでしたが、普段は餌にする小さいイカを船の上で捌いてくれました。透き通るように透明で、口に入れると歯ごたえがあって、天然の塩味が効いています。足の部分は口の中で吸盤が少し吸い付いて独特の食感!

「おいしい! こんな新鮮なイカ初めてやわ」

やっぱりお父さんが帰ってくるとどこかうれしそうな君枝さん。お昼も漁に出ている日は、手作りのおむすび(船の上ではお弁当は食べにくいので、おむすびが定番なんだとか)を持たせてあげるそう。そして必ずお昼には「今日はようさん穫れたか~?」と、携帯でラブコール! お2人とも現在76 歳、昨年金婚式を迎えられたそうです。舟屋の歴史とくらしを誇らしく語る君枝さんと、まだまだ現役の漁師の久夫さん。夫婦お互いに支え合いながら、仲良く暮らされているお2人の姿に触れ、冷たい雨が降る中でも、ほっこり温まった舟屋の取材でした。

昨年、金婚式を迎えられて、今も仲睦まじい加藤久夫さんと君枝さんのご夫妻。舟屋はお2人にとって漁師の営みの場であり、くらしの基盤でもある。

伊根町観光協会

TEL/0772-32-0277
http://www.kankou-ine-kyoto.jp
加藤君枝さんもガイドを務める舟屋の町並みの観光ガイドは10 日前までに要予約。
(一回の案内は最大20 名まで。ガイド料は有料。詳しくは、上記の伊根町観光協会にお問い合わせを)

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