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grafが近畿2府4県を旅して考えるきれいなくらし

10.01.20

Chapter.3  山本さんと服部さんの想い出のバー、豊中の[我巣灯(ガストウ)]へ。

山本さんも一緒に[山本能楽堂]を後にして、近くの居酒屋でお話しをお聞きするうちに、20年近く前に山本さんと服部さんが出会った、お2人の想い出の場所である豊中のバー[我巣灯]に行こう!ということなりました。

[我巣灯]は阪急宝塚線の豊中駅から歩いて3分ぐらいの路地裏にひっそりと佇む、1973 年オープンの老舗のジャズバー。ドアを開けて入ると、薄暗い店内に古いオイルランプやアンティークの家具が雰囲気たっぷりに並んで、心地良いジャズの音色が迎えてくれます。ジャズのライブが開催される時もあります。服部さんがアルバイトしていた当時のマスターだった木村誠さんが、現在もカウンターに立たれています。

[我巣灯]のカウンターで。マスターの木村誠さんは服部さんが20年近く前にこの店でアルバイトしていた頃にもカウンターに立たれていたそうです。

「うわ~、めっちゃ良い店ですやん!」
「いっつも前通ってたけど知らんかったわ!」

服部さん「ジャズバーって言っても、お客さんはオッチャンばっかりなんですよね。すごいゴリゴリのジャズ聞く人もいるし、なんか近所の人たちも来るし、ちょっと異色」

山本さん「今のマスターの木村さんのずっと前は純喫茶やったんですよ。僕、その頃にバイトしていたことがあるんです」

服部さん「そうなんですか! じゃあバイトの先輩じゃないですか」

山本さん「でもお盆も上手く持てないし、水も自分で浴びるほどこぼすし、レジもぐちゃぐちゃにしてしもて、2時間ぐらいでクビでした(笑)」

(一同爆笑)

「高校生ぐらいの時ですか?」

山本さん「大学生。昭和54 年ぐらいかなぁ」

服部さん「オレは大学生やった19 歳の時に、外観の雰囲気に惹かれて友達と2人でこの店に入ってん。ほんなら偶然、バイト募集してて、こんなシブい店で働くのもいいかもなって思って、応募して働くことになった。そしたら白シャツにネクタイさせられて、黒いエプロンして、こうシャカシャカ...」

「へ~、おもろい」

服部さん「当時は美大生で、彫刻やりながら毎日[我巣灯]で働いてたんです。お客さんに『彫刻やってます』とか言ったら、なんか歯医者の先生とかいてて...」

山本さん「それ後藤先生ちゃうん?」

服部さん「そうそう、後藤先生が『服部君、ワシも夢叶ったことないから、もし今、金で苦労してて夢に到達でけへんねんやったら、ワシが金貸したるわ』って言われて...」

「ええ~! すごいね」

服部さん「次の日にホンマに通帳持って来はったんですよ、後藤先生。『おまえ、これいつ返してくれてもいいから、このまま使え』とか言われて。その時は『そんなん無理です』とか言って...」

「すごい、めっちゃいい話やん!」

阪急豊中駅前のマンションの1階にひっそりとある隠れ家的なジャズバー[我巣灯]。

山本さん「その頃、僕もお客として店に来てて服部くんと知り合って。服部くんがバイト辞めてからしばらく会わんかってんけど、新聞でgraf のこと見て、『服部君がんばってんねんなぁ』って思って。確か[咲くやこの花賞]もらったんだよね? それで祝電送ったんかな。その頃から連絡するようになって」

服部さん「懐かしいなぁ。僕がマスターに教えてもらったことは『店の中で待っているお客さんがいたら、まずはお前が先に気付け』ってこと。それは[graf dining:fudo]のスタッフにも教えてる」

山本さん「それは僕らの世界でも一緒。弟子に教えるのはその家のしつけだけ。後は自分から盗むもんやから。舞台終わりで師匠の上着を受け取るとか、あうんの呼吸で間合いや空気を読んで、師匠の振る舞いを見て自分で引き抜かないと、何も身に付かない。その間合いや空気を読むのは、舞台を創るのと同じやから」

服部さん「そうですよね。それは僕らの仕事でも一緒です」

我巣灯(ガストウ)

豊中市本町4-257
TEL/06-6848-3608
14:00~16:00、18:00~2:00(日・祝日は19:00~23:00)
不定休

能の世界の後継者の育成と課題について。

世界最古の演劇で、伝統芸能の中でも最も歴史があり、あまり一般的には知られていないが、いろんなしきたりや決まり事がある能の世界。後継者の問題や具体的にどうやってお金を稼いでいるのか、素朴な疑問を、ズバリ尋ねてみました。

[我巣灯]での話は、服部さんのバイト時代の昔話から能の世界の現状や後継者育成の話まで、様々に飛んで深夜まで...。

「能の世界は、基本は世襲なんですか?」

山本さん「世襲というほどではないです。今日手伝っていた弟子も全然、うちの家とは関係がない、大学の時にクラブで能をやっていたという子です。
上の弟子なんかは、弁護士を目指して関大の法学部に行って、大学1年の時も優秀な成績で終わっていたのに、2年になったら急に能の世界にハマってしまって...」

「へー。そういうお弟子さんは一緒に住んでいらっしゃるんですか?」

山本さん「私んところの弟子は、当時は能楽堂に住んでいました。上の弟子は10 年近くいましたからね。10 年間いて、もう大学も中退してしまいました...」

「まだ舞台は踏んでいらっしゃらないのですか?」

山本さん「いやいや、もう一人前になりましたよ。ちゃんと自分で生徒さんも持ってるし。でも大変でしたね。全然知らん世界の人を一人前にするのは...。まずは親の了解を得ないとだめ。親に内緒とか、無視してとかは絶対あかん。親御さんが納得の上で、ということになれば、一度、私がきちんと話をしに行くんです。で、お家にお話しに行ったんですよ。そうしたらご両親ともめちゃくちゃ緊張してはるわけですよ。大正区の方で、お家に行ったら、お母さんが『先生、初めまして。息子の母です』って言わはる(笑)」

「そらそうですね(笑)」

山本さん「それくらい緊張してはって。お父さんにも挨拶して、そこでおばあさんが出てきはって『紹介させてもらいます、祖父です』って。どう見ても、おばあさん(笑)」

「全員緊張してたんや!」

山本さん「でももう1人前になってあちこちで頑張ってくれててね。大正区で初の能楽師やいうて、なんか大正区の人もえらい喜んでくれて。大正区のホールでの公演も、自分で仕事取ってきて。事務的な仕事もよう見てくれますし、頼りになります」

「これまた、ええ話やなぁ」

「山本さんは小さい頃から能の世界にいることが日常的だったと思いますが、今の若い子たちって、伝統芸能の世界なんて全然知らないと思うんですけど、その辺はどうですか?」

山本さん「僕は能のセミナーを開いたり、行政の行事にも参加させてもらってるけど、僕らの世界には、能のことを広めようとか全く何にも考えないでやっている人も多いんですよ。ただ来る仕事を待っているって言うか...。言うたら悪いですけど、新大阪とか空港で客待ちしているタクシーの方と一緒で、順番がきたら仕事がくる、みたいな感じでね。僕はもう、無線機使いながら『行きまっせー』って感じ(笑)。依頼があってその日がダメだったら、『私じゃない人でもいいですか?』って確認をして、後輩なりに仕事を任せます。すると縁が切れないでしょ」

『まっちゃまちサロン』で、参加者の女性に能装束を。こうした地道な活動が能のファンを少しずつ開拓していくのだ。

「縁って大切ですよね。どこでまた繋がるか分からない。私たちもそれはすごく感じます」

山本さん「そうそう、我々も初めての方とご挨拶の時は普通に名刺交換するんですけど、今だに『能楽師さんですか。普段なにしてはるんですか?』って言われたりします」

「ああ。普段て(笑)」

山本さん「『いや普段とかなくて、能楽師です』って言うと、『いや~、普段も能楽師なんですか! そうですか~!?』言うて(笑)」

「趣味でバンドしてます、みたいに見られるんでしょうね(笑)」

山本さん「そうなんです。だから、私はどういうふうに生計を立てているかっていう話をするんです。そしたら次は『ゴージャズな衣装着て、さぞかしギャラがいいんでしょうね』って訊かれるんですけど、能ってスポンサーがある公演じゃなく、自主公演ばっかりしてるから、チケットを売りさばかないとだめなんですよ。つまりライブをするのと一緒で、チケットを売って会場費もろもろを賄わないといけないんです」

「そのチケットを買ってくれるのは一般の方?」

山本さん「公演によってはそうですが、基本的に買ってくれるのは、習っている生徒さんたち。生徒さんたちが公演をさせてくれているんです。だから結局は、一芸をすることが一番の道楽だと思います、昔からずっと。歌舞伎を応援していても、ほんまの道楽というのは歌舞伎の真似事をすること。海老蔵さん追いかけてるだけじゃあかん(笑)」

「古典芸能の人たちって、みんな若旦那なんやろうなって思っていました。山本さんも、若旦那で後を継いだ方で、ちゃんと国からとかお金もらって、そういうのでやりくりしてはるんやろなって思ってたけど...」

山本さん「いやいや、一銭もない。文楽の人と歌舞伎の人とが全然違うのは、歌舞伎の人は松竹芸能の社員なんです。所属事務所があるわけやから、そこからお金もらってるわけ。で、文楽の世界の人たちは...」

「国ですよね?」

山本さん「いわゆる、特別行政法人。日本芸術振興財団っていうところと契約している。本公演が大阪と東京で隔月であり、それがない時は地方の公演があったり、あとは若手の育成をしたりっていう、年契約をしてるわけです」

「知りませんでした。伝統芸能でも全然収入の仕組みが違うんですね」

山本さん「そう。僕らは『仕事ありまへんか?』って言うて、なかったら、全て自分たちでチケット売ってお願いしてやっていくっていう...。能の世界だけですよ。だから他の芸能の人に『家が舞台なんですか?』って尋ねられて、『いやまあ、おじいちゃんの家ですよ』と言うと、それは信じられへんことなんです。役者もしながら、舞台の運営をしているっていうのは、能の世界にしかないんです」

「なるほど。間違いなく一番大変だけど、一番自由でいろんなことができるとも言えますね」

「山本さんのところはお子様が継いでいくんですよね?」

山本さん「うちはそうだけど、一門に子供がいない場合は今は外国人が来たりもします。だけど、20 年後、30 年後、もっと40 年後くらい先に、『能なんてほんまに儲かりまんの?』と言われたらもう終わりで...。国が守ります、となるとも考えられないし...」

「それは後継者の問題でもある?」

服部さんがこの店でバイトしていた頃から20年近く。このお店を通じて、お2人の仲が続いていることを思うと感無量!

山本さん「伝統芸能の後継という問題において、危険なことは何かというと、一部の人にしか門が開いていないということんですよ。今の文楽の世界がそうなんですけど、基本的に文楽の人は、国との年契約なんです。文楽は、やりたい人が一応査定を受けて入門します。そこで勉強するのは全部国が費用を出してくれて、そこから師匠のところに入門するんです。それが無茶苦茶長い道のりなんですが、文楽の世界に入るにはその道しかないんです。つまりアマチュアに開いていないんですよ。だからさっき言った道楽というものを全然作っていないんです」

「なるほど。文楽という芸能を学びたくても、気軽に学ぶ手だてがない、と。若手育成の仕方についても同じ芸能の中でまた違うんですね」

山本さん「能や狂言も、国立能楽堂に文楽のような若手育成のセクションはありますけどね」

「能は最も歴史のある伝統芸能なのに、公的な支援がほとんどないのは何故ですか?」

山本さん「税金もなんの免除もないしね」

「それはつらいなあ...」

山本さん「うちの能楽堂が国の登録文化財になっていても、設計費だけが国の半額負担なぐらいで後の税金は同じ。メリットっていうのはまだないですね。能はオールキャストで能楽師が全国に約1400 人もいるけど、その中で人間国宝は11 人くらいしかいない。一方、文楽は大阪をベースとしてオールキャストで90 数人なのに、そのうち人間国宝が6 人もいる」

「その差はどこが基準なんだろう。知名度の問題?」

山本さん「能は文楽に比べると低いですね。でも地域によっても違う。文楽は東京公演なんて人気で満席でしょ。みんな関西弁の台詞を聞いて大喜び。で、大阪公演になるとガラガラ。それはなんでかっていうと、結局ね、その芸能をやっている人が少なくなったから」

「道楽しようという人が減った、と?」
「いや、文楽は学びたくてもその場所がないのでは?」

山本さん「文楽の世界にも、義太夫教室とかやっている一部の方がいらっしゃって、そこは年重ねるごとに生徒さんも増えています。やっぱり、やってみたらおもしろいんですよ。なんか自分が鑑賞するものを見るだけじゃなく、やるという楽しみがね。こう、本当の道楽としてね」

「それは今日やってみてよく分かりました。すり足や謡を少し体験させてもらっただけで、すごく楽しかったです」
「山本さんのところでは、その道楽へのきっかけがたくさんありますよね。今日の『まっちゃまちサロン』や、『水の輪』みたいに子供たちも参加できるものまで」

山本さん「特に上方の人ってみんなもともと"出たがり""やりたがり"がいっぱいいたから、『○○という師匠に習っている』っていうのが自慢だったりしたんです。それがあるから僕らも頑張ろうっていうのがあって。ファンがそれだけいますよっていうのがね」

「ファンになります!」

山本さん「どうぞ気軽にまたお越し下さい。今日はなんとなく能っていうものを分かって頂いたと思いますので、一度、能の公演をご覧になられるといいでしょう」

「はい! 見てみたくなりました」

その後も、どうやって大阪を盛り上げていくかとか、若手を育成する難しさとか、話は様々に盛り上がって、ウイスキーのグラスを空けていくうちに気が付けば午前3 時。「そろそろ帰りましょうか」と言いつつ、お話しを終えるのが惜しくてたまりませんでした。
能楽師の方とお話ししたのは初めてでしたが、能という歴史のある伝統芸能の世界に生きる方はもっと格式ばっていらっしゃるのかなぁという予想は見事に裏切られて、山本さんは本当に気さくでウィットに富んでいらっしゃって、また能の伝統の上にあぐらをかくんじゃなく、能の敷居を下げて、初心者や子ども達にも親しんでもらえるように色んな試みをしていらっしゃって、とても刺激を受けました。

この連載では今まで、左官屋さん木工職人さんガラス工芸職人さん米農家さんなど、どちらかと言うとカタチのあるものを造っていらっしゃる方をお訪ねしてきましたが、能というカタチのない文化を創り出していらっしゃる能楽師さんのくらしや想いも、ご自身が足を付けている世界をいかに活性化させて、先祖から受け継いだものをいかに後継者にきちんと受け渡していくか、そのプロセスを楽しんでいらっしゃる点では相通じるものを感じました。

昨年末に大阪市中央公会堂で行われた『水の輪』の再演後、水鳥役の子ども達と記念撮影。左端は美術家の井上信太さん。

2009 年12 月26 日に大阪市中央公会堂で行われた『水の輪』の再演も大好評で、定員の何倍もの申し込みがあったそうです。実際に『水の輪』の公演を観劇させて頂いたんですが、本格的な能は初めてだった私たちも、とても楽しく拝見でき、感激して胸が熱くなりました。

映像や現代アートも取り入れ、たくさんの子どもたちが水鳥になって登場して、水の都・大阪の再興を願う『水の輪』は、世界最古の演劇である能に新たな息吹を注いで、古典という枠組みから解き放つ、画期的な試みで、能楽師としての山本さんの能の普及活動の集大成とも言える作品。
能の伝統を守り、引き継ぐだけではなく、能の新たな可能性を開拓し続ける山本さんの創意工夫に溢れた活動が、これからも楽しみです!

Fin
(取材/天見真里子)

grafからのメッセージ

伝統芸能の世界には興味があっても、最初の入り口を難しく考えてしまって、(我々も含め)なかなか見に行くことができない方が多いと思います。今回、山本さんに能の観劇の仕方についてお話しをお聞きしたことで、「古典的で難しいもの」と考えていた伝統芸能のイメージを払拭してくれました。

初めて訪れた能楽堂。舞台の裏側や舞台の仕組み、能楽師の衣装や扇子、能面などを見せていただいたり、謡を唄ったり、すり足の練習をさせていただいた体験によって、能の事が少しずつ分かり始め、だんだん興味が湧いていきました。
言葉の強弱やニュアンス、間、立ち振る舞いなどで物語の筋を伝える能。演者が、自ら見えている風景や感情を事細かく台詞にして謡うというのも面白かったです。
それにあの衣装。実際に衣装を着て能面を掛けてみると、視界の狭さが怖くて、踊るなんてとんでもなくすごいこと! こうした体験を通じて、ますます能の世界に惹かれていきました。

取材当日に拝見した『まっちゃまちサロン』ように、能に興味がある若い人や子供たちに向けて、参加型のワークショップのような試みをいろいろとされていて興味深かったです。
それは決して派手な活動ではありませんが、能の伝統を伝えて継承していくためにはとても効果的な試みだと思います。何でもまずは前に踏み出さなければ次に繋がりませんから、山本さんのように伝統芸能を次の世代にどう伝えて行くかを考え、新しいファン層の獲得のために今までにない試みを考えていらっしゃることは、その継承にとても役立っていると思います。

能の公演には欠かせないお囃子についても、打ち合せやリハーサルもなく、公演はすべて一発勝負とお聞きして驚きました。どうしてそれでうまくいくのか、とても興味があります。また今度、お囃子の方々のお話しもお聞きしてみたくなりました。

山本能楽堂さんの扇子やオリジナルグッズのデザインを担当している横山が以前に観た作品『道成寺』では、物語のクライマックスで落ちて来る鐘にシテが飛び込む"鐘入り"が最大の見所。
「特に印象的なのは、終盤の、シテの白拍子と小鼓の掛け合い。ぐぁぁーっと盛り上がっていきます。ドンっと鐘が落ちて中から白拍子が変わり果てた姿で出てくる。その一瞬の変わり身も驚きました。息の合った迫力の演目でした。今回の取材でいろいろ学ばせていただいたので、また改めて観てみたいです」。

お酒を飲みに行かれるのがとてもお好きな山本先生。
山本さんと服部の出会いのご縁についてお話しをお聞きしているうちに、『ぜひ、行ってみたい!』となって訪ねた、豊中のバー[我巣灯]も素敵なバーでした。私たちの知らない学生時代の服部がここでバーテンのバイトをしていた時に、山本さんから『能楽師にならないか』とスカウトされたこともあったそうです。おもしろいですね。もし今頃、服部が能楽師だったら...。現在のgrafはできていなかったので、今回の山本さんとの出会いもなかったかもしれませんね。

服部がバイトを辞めて、やがてgrafを立ち上げて何年かたった後に、新聞に掲載されていたgrafの記事を見て、山本さんがgrafを訪ねていただいたことが2人の再会のきっかけ。そのご縁で今回こうして私たちも山本さんと出会うことができ、今まで知らなかった能という伝統芸能の世界の魅力を教えていただきました。
取材の後日、2009年12月26日に大阪市中央公会堂にて催された「大阪アート能」の公演で、山本さんオリジナルの創作能『水の輪』を観劇しました。能の本格的な公演を観るのは初めてでしたが、事前に取材で能の観劇のポイントを教えていただいたので、とても新鮮で楽しく観ることができました。
もっと多くの方に能の魅力に出合ってもらって、「能を見に行ってみよう!」という人が増えるといいなと思っています。また、若い人たちに能のおもしろさを伝えるために、grafと山本さんとで何か企画を考えてみたいとも思いました。
山本さん、これからもよろしくお願いします!

山本さんご夫妻と一緒に。今日は深夜までありがとうございました。これからもよろしくお願いします!

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