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grafが近畿2府4県を旅して考えるきれいなくらし

09.08.26

Chapter.3[Gallery yamahon]と、三重・丸柱の作家さんたちの物作りと暮らし。

[マンマミーア]から伊賀市の焼き物の里・丸柱は、滋賀と三重の県境を跨いでクルマで約15分ほど。ここには、器好きが遠方からわざわざ訪れる[Gallery yamahon]があり、オーナーでギャラリストの山本忠臣さんは、川端さんとは世代も近く友人でもあり、また同業者としても静かにお互いを刺激し合う仲。
他にもこの丸柱には、伊賀焼に限らず30歳代~40歳代前半の作家が比較的多く、陶芸家の城進さんや画家の高田竹弥さんは、縁あってここに移住し、丸柱で作家活動を続けている、川端さんと同じいわゆる「Iターン」組。
一方、山本さんは丸柱の製陶業を営む家に生まれ、大阪で働いた後に地元に戻って来た「Uターン」組。
この日は[Gallery yamahon]のカフェ[cafe noka]に集まって頂いて、この地での暮らしと物作りについて、お話をお聞きしました。

白い壁が静謐な空気を作る[Gallery yamahon]。天井はかつての倉庫のまま残して、照明を効果的に配置している。

[Gallery yamahon]とgrafは直接、仕事やイベントでの繋がりはないものの、山本さんは大阪の建築事務所で働いていた経験も長く、靭公園の近くに住んでいたそうで、grafが南堀江にショールームを立ち上げた頃から、既に足を運んでいたとのこと。

「私もずっと前から[Gallery yamahon]さんには行ってみたいと思っていました。置いているモノだけでなく、空間やロケーションもすごく素敵です。grafのメンバーの中には訪れたことがあるスタッフも多いんですよ。オープンは何年ですか?」

山本さん「僕が丸柱に戻ってきたのは、家業を手伝わないといけなくなったからなんです。それで家の焼き物屋の仕事をしていたんだけど、僕はずっと建築をやっていたので自分の空間が作りたいなと思って。それで2000年に倉庫だったここを改装して作ったんです」

「ギャラリーで扱っていらっしゃる作家さんとは、もともとお知り合いだったんですか?」

山本さん「いえ、知っていたのは1人か2人だけ。とりあえず地元から探そうと思って、伊賀の作家を全員訪ねました。その中で一番モノと話す言葉がぴったりときたのが、植松永次さんでした。焼かない土の塊みたいな作品を作られていて、インスタレーションなどもされています。以後、作家さんとの出会いもそうですが、だんだんギャラリーにのめり込んで今に至る、と」

  • [Gallery yamahon]の掲示板。知らない人は、ギャラリーがここにあるとは気付かないかもしれない。
  • 2000年に古い倉庫の内装を改装。外から見ると、以前の倉庫のままの建物。

「川端さんの[マンマミーア]さんも同じギャラリーで距離もわりと近いと思うんですけど、素朴な疑問として作家さんの選定でかぶったりはないんですか?」

山本さん「僕の方が先に始めてる、っていう意識ももちろんあるし、お互い選定のスタンスは違いますね。おそらく川端さんは木工職人なんで、物作りをする作家としての選定、僕は作家ではないのでギャラリストとしての選定です。今のところかぶってはいないですけど、まぁ別にかぶってもいいかな、と思います」

川端さん「そうですね。僕の場合は山本さんが言うとおり、木工職人をしているので、なんかこの人と一緒に作りたいとか共感できる人ですね。物作りをする上で繋がっている人。一緒に何かしたら、また新しいモノができるんじゃないか、と思ってやっています。具体的には同年代か30歳代の若い人がメインです。それに[Gallery yamahon]さんに行ったついでに[マンマミーア]に立ち寄ってくれる人も多くて、最初からそういうコースに自然と加えて頂いて、すごく助かりました」

  • [Gallery yamahon]のオーナーギャラリスト、山本忠臣さん。静かな語り口で、自らのビジョンや地元に対する想いを熱く語ってくれた。
  • [Gallery yamahon]から出た別棟のカフェ[cafe noka](右)

「山本さんはご実家が製陶業ということは、器を作っていたんですか? ご自身で作家になろうとは思わなかったんですか?」

山本さん「僕自身、この村で育ってきたので、丸柱への特別な意識はありますし、子供の頃から器を作る環境が普通にあって、実際作っていました。作家になろうと思ったこともありましたが、でも向いてないのかなぁ。やってみたけど何か違うかな、と。兄は陶芸家ですけどね」

高田さん「僕は元々、山本くんのお兄さんと大学が一緒で、山本くんのお父さんにこの丸柱の物件を紹介してもらったのがきっかけで、住むようになったんです。まだ[Gallery yamahon]も無かったし、暮らしていくために、例えばギャラリーやカフェをしてもいいかなぁ、とも思っていました。でもさっき山本くんが『この村が特別』って言っていたように、すごく昔から続いている里山のいい空気が流れているんです。近所のおじちゃんやおばちゃんと話したり、交流してるうちに、僕はギャラリーをするよりも、今はもっと自分自身に何か入れることをした方がいいのかな、と思って...。それで、大学を卒業してからしばらく作家活動は遠のいてたけれど、またやってみようかな、という気分になって、今に至ります」

「やっぱり丸柱って場所は特別なんですね。確かに田舎なんだけど、ただのどかなだけという印象はありませんし」

高田さん「伊賀って、忍者でもおなじみの昔からの隠れ里ですけど、こういう[Gallery yamahon]みたいな場所が1つあることで、クローズアップされて、流れが変わるんだな、と。川端くんと山本くん、2人がやっている仕事を見てそう思いますね」

城さん「僕は、もともと嫁が[長谷園](1832年に丸柱に築窯した伊賀焼の老舗の窯元)で働いていたということもあって、ここに住むことになったんです」

「[長谷園]は土鍋で有名なところですね。ごはんを炊く土鍋の『かまどさん』は私の友達も持っています」

  • 地元の作家を中心に、山本さんが独自に見つけてきた作家さんの作品が並ぶ。
  • 伊賀焼を始め、信楽や美濃といった焼き物の産地も近いこの当たりには、陶芸の作家さんも多く暮らしている。
  • ギャラリー内に置かれたチェアや作品の並ぶ棚にも、山本さんのセンスと審美眼が感じられる。

城さん「そうそう。嫁も陶芸をするのでそこで作っていました。川端さんとはここに移って来てスグぐらいに風呂がないので[モクモク手づくりファーム]にある[モクモク温泉]に行っていた時、たまたま川端さんも毎日のように来ていて、そこで知り合いました」

川端さん「つまり最初は温泉仲間(笑)。そしたら後でスゴい作家さんだと知って、今では[マンマミーア]で個展もして頂いてます」

城さん「伊賀という村は、陶器を焼くには、信楽や萬古、美濃といった焼き物の産地も近いし、いい環境です。僕はこれから新しく薪窯を造るんですが、ここは薪窯からの煙が日常にある村だから造りやすいんです。街中ではやっぱり煙が出ると苦情になりますもんね。あと、この地の人は、昔の焼き物に捕われずにやっている人が多いので、僕は伊賀焼ではないけれど、ここの良質な土を使って好きなモノを作れる、そういうところも気に入っています。僕が10年位前にここに移って来た頃は、こういうメンバーが集まって来るのが想像できる感じではなかったので、[Gallery yamahon]さんは、特にこの辺では存在感がある気がします」

「たまたま同世代の方が多いけれども、今聞いていた感じでは『集まってみんなでやろうぜ!』という感じではなく、それぞれが自分のスタンスをキープしながら、緩やかに進んでいる印象を受けました。今度いつ会おうとかいう感じではなく、傍目から見ながらチョコチョコやっている雰囲気がするんですけど(笑)、そんな感じですか?」

左から[Gallery yamahon]の山本忠臣さん、陶芸家の城進さん、画家の高田竹弥さんと[マンマミーア]の川端さん。

川端さん「確かにそんな感じです。集まってごはん食べたりとかも年に数回だし。でもなんだかんだとここらのメンバーは途切れずに連絡は取り合っていて、[Gallery yamahon]さんの展覧会は、ソ〜ッと見に行ったりしますし(笑)。触発されたり活力になったり、いい意味でライバルだったり。みんな刺激しあえるすごくいい仲ですね」

山本さん「そうですね、『一緒に盛り上げて行こう』感は意識していません。住んでいる人の物作りについて、ある程度みんなが一致した考えがないと、ただ単に『盛り上げよう!』って集まっていてもあまり意味がないし、続かないと思うんです。だから今は、川端さんも僕も、自分のことを精一杯やっていて、響き合えばそれでいいかな。同時的にリンクしてるのが一番、自然発生的な盛り上がりだと思います」

川端さん「そう、響き合うって感じ。自分たちがそれぞれに、いいなと思うことを今やって、その上で響き合って共感してくれる人が増えたら、その方がいいのかな」

「そういえば、[楽豚]の金正さんも同じようなことをおっしゃってましたね。響き合ってる感じですね」

こうしてお話しをお聞きしていて、思い出したのが、この連載企画の第1回目で訪れた滋賀の木之本のこと。
木之本の方は[冨田酒造]の冨田さんをはじめ、先代からの家業を継いでいる同じ世代の若者たちがワイワイと若い力で盛り上がっているという感じ。
それに比べて、今回は個々のパワーはとてもゆるく感じるけれども、逆にそこには強い力がみなぎっているような...。
ゆっくりなんだけど、エリアとしてはすごく強い力を持っているんだなと感じました。
一度訪れてみて、今後住みたいという人もたくさん訪れるような気がしました。
そんな外からの新しい住民について聞いてみると...。

山本さん「僕はいいと思います。この辺りも過疎化が問題になっている地域ですし。環境が良いということは、単純にいい事だと思うんですよね。人が増えてもこの村の空気感をキープしながら、緩やかなスタンスで盛り上がっていくことは、僕にとって仕事上でも、一番重要なこと。僕の場合、そりゃ地元の友達や知り合いに焼き物屋さんも多いんですけど、何でもかんでも地元地元で閉鎖してやってしまうと、ギャラリーの雰囲気も村の空気感も崩れてしまう。でももっと僕が頑張れば、例えばこういう取材などの機会に声を掛けたり、他にもっと合うギャラリーを紹介してあげることもできる。何かの縁でパスはできるんですよね。何となくですけれど、ギャラリーを始めてからようやくその辺まできたかな、という感はあるんです。オープンした当初は、(全国的に)認知してもらうまでは、10年掛かるって言われてましたから」

川端さん「僕の住んでいる甲南町の地域も、少し雰囲気は違いますが、外から来る人は大歓迎です。僕も大阪の枚方出身ですが、ここは10年近く住んでいた東京なんかよりもずっと暮らしやすい。もちろん田舎ならではの、青年団だの消防だのっていう寄り合いや決まり事はあるけれど、それを抜きにしても住みやすいところだと思います。今って定年退職した後の田舎暮らしがちょっとしたブームだけど、歳をとってから田舎に来ても、逆に何もできなくて、お世話になりに行くだけじゃないですか。若いうちから村に入って、青年団とか寄り合いとか、ちょっと面倒くさいけれど地元に貢献していると、歳をとっても仲間として認めてもらえるんじゃないかな。だからもっと若い人が来たらいいのに、と思いますね」

「なるほど。田舎暮らしはまさに今のうち!? 考えさせられますね、それ」

Gallery yamahon

三重県伊賀市丸柱1650
TEL/0595-44-1911
営業時間/11:00〜17:00
月・火曜休(展示替え、会期中は変更あり、祝日は開廊)
http://www.gallery-yamahon.com

お話しした後、川端さん、山本さん、城さん、高田さんの4人と[Cafe noka]の前で記念撮影しました。

画家の高田竹弥さんのアトリエ&自宅を拝見。

城さんや高田さんが話していた通り、この丸柱は、住むだけでなく、作家活動をするにも非常に環境が良いところ。街では情報が溢れ過ぎていて、必要のない情報まで自然と耳に入ってくることが多いけれど、ここでは必要な情報をチョイスしながら自分のモチベーションをある程度キープできます。
時々の流行りを気にすることなく、自らの物作りに打ち込める環境だと思います。
以前、この連載企画で訪れた奈良・室生の切り絵作家の江本幸雄さんも、環境の良さを求めて大阪から移住したと言っていたのを思い出しました。

画家の高田竹弥さんのアトリエ兼ご自宅。元は農協だったという昭和初期の建物を、自ら改装された。

[Gallery yamahon]でのお話しが終わった後、そのまま画家の高田竹弥さんのアトリエ兼ご自宅に案内して頂きました。
高田さんが、この地にアトリエを置いたのはおよそ10年前。かつては農協だった昭和初期の建物を、知人らに手伝ってもらいながら自分たちの手で改装し、アトリエと住居にしています。あせたレンガ色の壁と瓦、それに合わせて作ってもらったという白い扉がとてもかわいい木造の建物です。

高田さん「この壁の色も、元々はどんな色だったんだろう、とペンキの付き方を見たり、近所の人に聞いたりして、地元の人が馴染みのあるこの色にしたんです。そしたら少し離れたところにも同じような色の家があったので、その時の流行りやったんかなぁ、と。どうぞアトリエに入ってみて下さい」

「おじゃまします。涼しいですね。いい風が通る」

高田さん「夏場にはちょうど良いアトリエです。が、冬を想定せずに改装してしまったので、冬期は極寒です...」

「確かに断熱材もなく、天井もぶち抜いてますもんね。でも置いてあるものもすごく建物の雰囲気にあっていますね。素敵」

高田さんのご自宅の庭。パンを焼くのに使うのと冬のストーブ用の薪がある。

奥には大正時代の穀物倉庫があって、今は物置として使用しているそうです。
そこに積まれている薪は、小さなパン窯と冬に使う薪ストーブ用。手前の小さな窯は、高田さんいわく「置いただけの粗末な窯です」とのことですが、奥様の順子さんが週に一回、自分達が食べるためのパンを焼いているんだそう。裏の土手を降りると畑もあります。

高田さん「畑の先生は近所のおっちゃんやおばちゃん。自分らの子供や孫に教えることができないから、『あんたら好きやから教えたるわー』っていろんな人が教えてくれるんです。でもそれぞれの先生によって言うことも違うんですけど(笑)」

川端さん「高田さんと僕の出会いは、この家がきっかけなんです。僕らがボロボロの廃校を前に途方にくれている時、大工さんが高田さんのことを教えてくれて...。それで突然伺ったんです。参考にしたどころか、漆喰はどこで買ったらいいとか塗り方とか、全部教えてもらいました」

高田さん「そこから意気投合して、川端くんのところの[マンマミーア]がオープンしてからは、個展もさせてもらいました」

可愛いお庭には、高田さんの奥様の順子さんが野菜やハーブを栽培している。

そんな家の改築をきっかけにした偶然の出会いや、近所の人との付き合い方など、聞けば聞くほど羨ましくなる高田さんの暮らし。でも最初は「前の仕事がほとんど休みがなくて、通える時に少しずつしか出来なかったから大変でした。
お金も無かったので、大工さんに後押しされて、『じゃあ自分でします』って軽い気持ちでやり始めたんです」と、長い道のりを余儀なくされ、そこから結局5年近くかけて改装したそう。
そんな苦労があっての、今の暮らしなんですね。

川端さんご夫妻の[patisserie MIA & gallery-mamma mia]も山本さんの[Gallery yamahon]も、画家の高田さんも陶芸家の城さんも、のどかな自然のこの地を愛し、この地の空気を吸いつつ、緩やかに繋がりながら自らの物作りや表現を追求していて...。
でももちろん、そんな暮らしをするまでには、色々と試行錯誤や苦労を積み重ねていて、街暮らしの便利さに慣れてしまった私たちには新鮮でありながら、同じクリエイターとして自らを振り返ったときに、考えさせられることも多くありました。

大阪への帰り道、川端さんたちの物作りの姿勢や暮らしの姿を反芻しながら、自分たちの暮らしを見つめ直して、今回、訪問したメンバーの誰もが、また遊びに来たいと思っていたに違いありません。

高田竹弥さん

http://www.ict.ne.jp/~nenenet/

Fin
(取材/天見真里子)

grafからのメッセージ

今回、取材でお話しをお聞きして、ますます川端さんと美愛さんは素敵な夫婦だなと思いました。 それぞれが自分の職をきちんと持たれていて、職種は違うけれども、お互いに物作りをする人同志の感覚で、尊敬しあい、助け合ったりしているのだろうと思います。家庭を持ち、子育てをしながらも、自分の仕事を一歩一歩、進歩させて目標を持って生活している姿に憧れます。

川端さんがお子さんのために初めて作ったというスプーンが、暮らしを意識して木工作品を作ることの始まりになり、今では木のスプーンやフォークをたくさん作られていることや、美愛さんのカフェの木のトレーや子供用のイス、照明なども、自分達の生活に必要なものを、必要に応じて作られているところも、とても素敵ですね。
きっとこれからも、生活の中で必要と思うものを自分たちの手で作り出していくんだろうな、と思います。 お2人の夢を聞いた時に、美愛さんが「とんでもない夢で叶いそうもない夢を持っている」とお話ししていたことも心に残っています。

最初[マンマミーア]をオープンしたばかりの頃は、人を雇うことは考えられなかったという美愛さん。今ではスタッフが増えて7人。
厨房に立つ美愛さんの姿は「みんなの柱」的な印象を受けました。
美愛さんの元で働かれているスタッフの方々も、みんな丁寧で温かい応対をされる方ばかりでした。
パティスリーやカフェから見える厨房には、いつも美愛さんがいて、スタッフみんなを守っているようです。 今では、新しいメニューやお店をどうしていったらいいかなども、スタッフみんなで話しあって決めているとか。
そうやって、働くスタッフ1人1人の意見も大事にされている事を知りました。
私たちgrafも、スタートしてから11年が経ち、今では大所帯になってしまったけれど、みんなでもっともっと良く話し、意見を出し合って、豊かな生活のための物作りを続けていきたいな、と思いました。

今回、参加したgrafのメンバーもそれぞれ、いろんなことを感じていました。

お2人の暮らしや甲南と丸柱の環境については...
「お2人がこの地に移って来てから周りの人々にしてもらったことを、今度はお2人が新しくこの街にやってくる人たちに同じようにしていったら、すごくいい場所になりそう。生活の場所って、そうやって自然に新しくできていくんだな、と思いました」
「お2人それぞれのやりたいことと、空間のサイズ感がすごくマッチしていて、訪れる人全てに安心感を与える場所だと思います」
「大阪とは時間が過ぎる感覚が全然違う、と感じました」

また、お2人に関しては...
「物事と向き合うことを大事にしているな、と思い、いろいろ考えさせられました」
「理想の生き方をしている家族だなと思いました。無理せずゆっくりと『自分のペースで』ということを再確認できました」
「お2人の目に映る光景が美しいから、自然とそれがそのまま形になってるんだと思いました。どこで何をやるにしても、心の美しさが必要」
「今できることを一生懸命に、というスタンスを貫かれていて、そうして誠実に取り組み続けた結果、たくさんの人に出会って、お互いに支え合っている感じが新鮮でした」
「物作りから離れない生き方をされているのが良かったです。自分にとっての豊かさは何なのかを、改めて問われた感じ。僕もこれからもワクワクしながら物作りをしていきたいです」

みんな、お2人の生き方に感化されて、自分のことを振り返り、これからのことを考える良い機会になったようです。

そういえば最近、川端さんが東京で展覧会をされた時に、美愛さんのお菓子を使ってケータリングしたそうです。
私も最近、いくつかのケータリングのお仕事をしています。
ケータリングは一度きりの会なので、心に残るサービスができれば、といつも思っています。いつか機会があれば、ぜひ美愛さんのお菓子と私のお茶を合わせてのケータリングも実現してみたいな、と思っています。

こんな風に、これからも、grafとしても個人的にも、川端さんと美愛さんとは末永いお付き合いになると思いますので、どうぞよろしくお願いしますね。

最後に、健夫さん、美愛さんご夫妻と[マンマミーア]のスタッフの皆さんと記念撮影しました。

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