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grafが近畿2府4県を旅して考えるきれいなくらし

09.08.26

Chapter.1[patisserie MIA & gallery-mamma mia]の川端さんご夫妻の暮らしと物作りへの想い。

今回訪ねたのは、滋賀県の甲賀市甲南町と、県境を挟んだ三重県の伊賀市。
新名神高速道も開通して、大阪や京都からもアクセスしやすくなりました。
取材当日は8時半に大阪・中之島のgrafビルを出発、行きは名阪国道を通って甲賀市を目指します。
今回のgraf の参加メンバーは7名。今までで最も多く、クルマの中もにぎやかです。
壬生野I.Cから三重・伊賀市を抜け、滋賀県に入ってすぐ、大阪から約2時間で到着です。
幹線道路から少しそれた小高い丘に、[patisserie MIA & gallery-mamma mia](以下[マンマミーア])はあります。

私たちを出迎えてくれた[patisserie MIA&gallery-mamma mia」の木工職人の川端健夫さんと奥さんのパティシエールの美愛さん。

「おはようございます、川端さん、美愛さん。先日はありがとうざいました。今日は大人数での取材ですが、よろしくお願いします」

川端さん「こちらこそ、先日は、素敵なお茶会をありがとうございました。とりあえず中を簡単に案内しますね」

築80年の廃校になった小学校の校舎を自ら改装した。瓦屋根や壁にかつての名残が見られる。

廃校になった小学校の築80年というボロボロの木造校舎を、川端さんご夫妻が自らの手でギャラリーとパティスリー、工房と自宅に改築したのはちょうど5年前。屋根瓦と木造の床や壁、古さとどこか懐かしさが残る建物は、風通しも見晴らしも良く、とにかく広い!今でこそ何の不自由もないように見えますが、最初はあまりにボロボロで途方にくれていたそう。
エントランスから入って手前が企画展のスペース、さらに右奥には常設展示の部屋も。
ギャラリーとパティスリー、カフェスペースは繋がっていて、さらに厨房も肩ぐらいの高さの壁が1枚あるだけで、自然とその作業風景が目に入ってきます。

手作りの温もりが感じられる食器やガラス器が並ぶギャラリー。
木の廊下や天井からも、かつて学校の校舎だったことが偲ばれる。
[マンマミーア]の窓から見えるのどかな甲南の田園風景。

別棟にある健夫さんの木工の工房。雑然とした中に、木工の材料や道具、機械がいっぱい。作りかけのスプーンも。

一方、川端さんの木工の工房は、別棟にあるので、木を加工する機械の音も全く気になりません。工房では、3月から働いているスタッフの森本さんが作業中。
川端さんはカトラリーや食器など小さいものの製作が多く、テーブルの上には何本もの作りかけのスプーンがありました。
滅多に他の工房を見ることがないgrafの家具職人チーム3人は興味津々でした。

[宮べりー]で摘んだブルーベリーを使って美愛さんが作ってくれたブルーベリータルトと、川西さんがお庭で摘んだハーブで淹れたハーブティー。

川端さん夫妻が[マンマミーア]を開くまで。

この日、みんなで[宮ベリー]で摘んだブルーベリーを使って、奥さんの美愛さんがブルーベリータルトを作ってくれました。
川西さんは裏庭にあるミントやレモンバームなどのフレッシュハーブを摘んでブレンドしたハーブティーを用意して、みんなでティータイムです。
お茶を飲みながら、お二人が出会い、ここ甲南町で店を始めるまでの経緯をお聞きしました。

2人が[伊賀の里 モクモク手づくりファーム]で出会った当初は、それぞれ木工とお菓子とはまだ無縁でした。
美愛さんは北海道の大学で酪農を勉強し(grafの家具職人の高野さんと同じ母校と判明)、好きなチーズを作りたくて[モクモクファーム]に入社。
しかし結局チーズではなく、新しく立ち上げられたお菓子の部門に。

美愛さん「それまでお菓子はほとんど作ったこともなくて、うちの親もまさかケーキ屋になるとは、とびっくりしています。お菓子の部門が立ち上げられたばかりで教えてもらう人もいなくて、とにかく好き勝手してもいいような環境だったんです。でも段々おもしろくなってきたので、きちんと修業しなければと思って...。それで、ケーキ屋さん巡りをしていた時に一番感動した、東京のケーキ店で修業することにしました」

川端さん「僕は僕で、大学で農業を学んだ後、[モクモクファーム]でイチゴを作ったりしていたんですが、有機農業を学びたくて、それで2人で一緒に東京へ行ったんです。でも、住んでいた所から通っていた有機農家への交通費が月に5~6万円も掛かってしまったことがネックで、結局断念。それで今後何かの足しになれば、と思って職業訓練校へ行ったのが、今の木工を始めるきっかけになったんです」

「何かの足し、がまさか今に至るとは...ですね(笑)」

川端さん「でも今から思えば、木工は性に合っていたんだと思います。農業ってマイペースそうな仕事だけど、実は完全に作物や天候に合わせないといけないじゃないですか。時には自分を殺してまで。それが性に合わなかったんでしょうね。木は置いてても腐らないし(笑)」

  • ギャラリーとパティスリー、カフェは広い空間で繋がっていて、同じ空気が流れている。
  • パティスリーのショーケースには、美愛さんお手製のスイーツが。どれも美味しそう!

そうして学校に通いながらいろんなギャラリーでの個展を見て歩いていた川端さんは、新宿でたまたま見た木内明彦氏の木工の美しい家具に心を打たれ、弟子入りを申し出ました。平日は学校に通いながら、週末は木内氏の工房で働く生活が始まり、本格的に木工職人を志すことに。

「滋賀に戻って来たきっかけは何だったんですか?」

美愛さん「もともと東京は3年という約束だったんです。関西に戻ったら2人で店をすることだけは最初に決めていたけれど、実際どこにするかは考えてなくて...。でも結果的に知り合いがたくさんいるところでやりたいから、甲南町に戻って来たんです」

川端さん「木工は音がうるさいし広さもいるし、住まいと店も必要だったけれど、まさかこんな広い所を借りられるとは思っていませんでした。でも丁度良い具合にここを紹介してもらって、場所も良かったので思い切って決めました。でも当初は本当にボロボロでね、窓ガラスもほぼ全部割れていて、土壁も崩れ落ちていて、お化け屋敷と呼ばれていましたから(笑)。床と天井がしっかりしていたのが、まだ幸いでしたね。丸柱在住の作家・高田竹弥さんとか知り合いにも手伝ってもらって、結局オープンまで半年ぐらい掛かりました」

2人きりで一旦、スタートしたものの、美愛さんは毎晩、深夜までスィーツの仕込みをするような毎日が続きました。
最初は頑に人を雇う事を拒んでいた美愛さんでしたが、何度も熱心に「働かせて下さい」という人がいて、お願いすることに。
それから5年経った今では、カフェやギャラリー、木工にも人が増えて、スタッフは7人になりました。

  • 木の床の廊下を通って奥の方にも、ギャラリーのスペースがある。
  • カフェとパティスリーからは、低い壁を隔てて、厨房のお菓子作りの様子も見ることが出来る。

ギャラリーに展示された木工やガラス、陶器の作品の一つ一つに興味津々のgrafのメンバー。

ギャラリーへの想いと作家との出会い~川端さんの物作りについて。

ギャラリーの方は最初は川端さんの木工だけを展示していましたが、イベントでグループ展のような展示を始めて、徐々に広がっていきました。
2年前の春には、今まで材料置き場にしていた場所を改装して、常設展示の部屋にし、入口からすぐの広いスペースで企画展をするように。

川端さん「3年ぐらいして、作家さんを紹介してくれる人も増えたし、自然と知り合えるようにもなってきたんです。もしオープンしたばかりの時に、いろんな人に声を掛けて無理して作品を集めていたら、きっと今とは違って違和感のある形になってたと思うんです。ここでじっくりと良いモノを作っていたからこそ、一緒にやりたいと思う人と自然に出会えた。焦らず間をおいてやってきたのが良かったのかな。真面目に物作りをしてたら、どこかで繋がるんじゃないかと思って、あえてこちらから積極的なアクションは起こさずに、そういう機会を待とうと思っていました」

「辛抱ですね、人生。家宝は寝て待て?」

川端さん「寝てたらあかんけど(笑)、物作りしながら待ってました。当たり前のことは当たり前にしないと」

「川端さんご自身が変わったことはありますか? 子供ができる前と後とか...」

健夫さん作の木製のフォークやスプーン。用途によって形も微妙に違う。各3,150円。

川端さん「最初は、うちの師匠がそうだったんですけど、きれいな形のモノを作りたいという想いで独立したんです。暮らしとかは全然考えていなくて、僕が作ったモノは家の中に全然なかった。でも子供が産まれた時に、助産婦さんに『せっかくなら、子どもにシロップを飲ませるスプーンとか作ったらどうですか?』って勧められて。その時の小さいスプーンが、暮らしを意識して作った初めてのモノでした。作ってみたら、赤ちゃんが食べやすい形ってどんなんやろ、子供の口の大きさってどれくらいやろ、ってすごくワクワクして楽しくて...。そこからまずは自分の身の周りのモノを作り始めたんです」

「川端さんが、物作りをする上でここは大切にしたいと思っているところはどこですか?」

川端さん「暮らしから離れすぎないように、ですね。暮らしの中で使える、ずっと使って欲しい道具を作っていきたいです。スプーンやフォークなどにしても、最終的に使う人の形になればいいなと思うので、僕が作り込みすぎないようにしています。『物作りへの想いを持った人が集まる、文化の発電所をつくろう』というお店のコンセプトも、お菓子なり家具なり、物作りによって生まれたものが、ただ当たり前に暮らしの中にある、そういうことをこの場所を通して伝えられたらいいな、と思って」

grafがグラフィックデザインを担当した[patisserie MIA]のロゴ。

美愛さんの想いが、また新たなスタートに...。

美愛さんが担当するパティスリーとカフェは、この3月に[パティスリー・マンマミーア]から[patisserie MIA]に名前を変え、パッケージやロゴも一新したばかり。grafがそのデザインを担当しました。
このリニューアルには、美愛さんの一大決心があったのです。

美愛さん「お菓子作りの修業をした期間が短かかったこともあって、最初はパティスリーとしてやっていく自信もなく、カフェという名前を付けて、ちょっと逃げてたんです。でも5年間、毎日作り続けているうちに、ケーキ屋として一生やっていきたいなという決心がようやく付いて...。[マンマミーア]が広がっていくうちに、自分の作りたいお菓子を表現する場を保っていたいという気持ちが自分の中で大きくなってきたんです。それでお菓子だけは自分のものとして大事にしようと、お店の名前を変えました。包み紙やショップカード、ロゴのデザインなどはgrafさんにやってもらって、すごく素敵になってお客さんにも好評なんですけど、まだまだ中身が伴ってなくって...」

「とんでもない! 今日のタルトもあっという間にみんな平らげてしまったし、美愛さんの作るお菓子は、誰かにあげたくなるおいしさです」

美愛さん「ありがとうございます。もう逃げられないので...(笑)。まだゼロからのスタートですが、がんばります」

お茶を飲んで話をしている間も、ずっと子どもをあやしていて、とてもほのぼのとした雰囲気のご夫婦ですが、お店と物作りへのしっかりとした熱い想いが言葉の端々から伝わってきました。
それは川端さんご夫妻と、この日お会いした、この甲南~伊賀上野の人々の繋がりにも似ています。

「目標は常にありますが、でもいつも叶いそうにない目標をたてるんです」
という美愛さん。その言葉を聞きながら、メンバー誰もがふと「自分はどうだろう」と思ったに違いありません。
これから先の自分の人生をちょっと想像しながら、お2人のお話しを聞いていました。

patisserie MIA & gallery-mamma mia

滋賀県甲賀市甲南町野川835
TEL/0748-86-1552
営業時間/10:00~17:45(カフェは~16:30L.O.)
火曜休(夏期・冬期休業あり)
http://www.geocities.jp/patimammamia/

元気一杯のお子さんをあやしたながら、お話ししてくれた川端さんご夫妻。ほのぼのした雰囲気に、こちらの気持ちも和らぎました。

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