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grafが近畿2府4県を旅して考えるきれいなくらし

09.06.24

Chapter.2「植物との出会いを大切に暮らす、プラントハンターの西畠清順さんを川西に訪ねて。」

川西市にある花材の卸会社[花宇]のプラントハンター、西畠清順さん。

おいしい穫れたての野菜とお弁当、そして尾崎さんの前向きで情熱的な話で一気にテンションが上がった一行が、次に向かったのが県境を越えた兵庫県川西市。
花材の卸業では老舗の[花宇]という会社のプラントハンター、西畠清順さんの元へ。
同じ川西でギャラリー&カフェ[hanare(ハナレ)]を営んでいるナビゲーターの服部智樹さんの次兄の紹介で、[graf media:gm]で2年前に開催された展覧会『生意気展 KINKIY MUFF LAND』で庭の展示に協力してもらったのをきっかけに交流が始まりました。
以来、grafのメンバーは彼のことを「清順」と下の名前で呼ぶ仲です。
[花宇]が仕入れた植物が保管されているビニールハウスを見に来るのが楽しくて、grafのメンバーは入れ替わり立ち代わり[花宇]を訪れるようになりました。

清順さんの会社[花宇]は、幅広い植物を扱う花材の卸会社。

あまり聞き慣れない、清順さんの「プラントハンター」という仕事は、基本的にはお客さんから依頼を受けた植物や花を探して仕入れ、納品する仕事。
全国から集めた植物を、注文に応じて仕立てたりして出荷しています。
国内だけでなく海外までも出向いて、日本に入ったことがない希少な植物を見つけて出して輸入することも主な仕事です。
お客さんとするのは一般の方ではなく、華道家やフラワーデザイナーなど、言わば花に携わるプロの方々。[花宇]は生け花の花材卸しでは、その技術の高さと信頼度で一目置かれる存在です。また季節に関係なく催事の時期に合わせて開花させる「開花調整」に、日本で最初に成功したことでも有名です。

まずは幾つもあるビニールハウスの中を案内してもらいました。
上下左右に見たこともないような植物が一杯で、まるで国籍不明のジャングルのよう!
生暖かいハウスの中には、観葉植物がずらり。
中には結婚式のために開花調整している桜の木も。

数千という植物が並ぶビニールハウスの中。仕入れ先は欧米からアフリカ、中東、南米まで世界中だ。
地下にある巨大冷蔵庫では、様々な日本の花木が、使用時期や用途によって開花調整されている。
前後左右だけじゃなく、ハウスの天井からも無数の鉢植えが吊り下げられている。

パンクロッカーのヘアのような...(@grafの佐藤さん)。これはメキシコが原産の『ユッカ・ロストラータ』という観葉植物。

「この木、grafのショールームにも納品されてましたよね」

清順さん「そう、佐藤さんが『パンクロッカー』って呼んでるやつ(笑)」

「なんか頭の感じがパンクなヘアスタイルみたいでしょ!」

清順さん「正式名は『ユッカ・ロストラータ』。1年前にメキシコで見つけた植物です」

「そういえば、清順が名前を付けた植物もあるんだよね?」

清順さん「いっぱいあるで。この前は白っぽい吊り下げの植物に、納本っていうオレの嫁さんの旧姓から取って『オサメユキ』(※注釈参照)って付けた」

「その名前ってこの先ずっと永遠に残るんですよね。すごいなぁ!」
「海外に行くのは、お客さんから依頼があったら?」

清順さん「春と秋は生け花の仕事で忙しいからそれ以外の時期やね。この2、3年はヨーロッパが多い。この2~3年の間に行ったことのある国はアフリカ、ドバイ、メキシコ、コスタリカ、グアテマラ、オーストラリア...。まだまだあるなぁ。来週はスペインに行く予定です」

清順さん「ここはサイズの大きい植物の在庫。海外から手に入れた木などは、まずは地面に植えて、売りたいなと思ったら枝を切って挿し木します。これは中国のイチジク。めちゃ葉っぱが大きくなる木で、ずっと憧れててん。まだこれは売る気がないから、とりあえずここに植えてる。植えてまだ2年ぐらいかな!?」

「実はなったことあるの?」

ビールグラスのような形の幹をしたこの樹は『コリシア・スペシオーサ』(和名は『トックリキワタ』)。原産地はブラジルやアルゼンチンなど南米の中部。

清順さん「まだないねん。なったら興奮するやろなぁ。僕らの仕事は、その植物の成長を見ながらどんなシーンでそいつを使うべきか、常に考えている」

「これも変わってるなぁ」

清順さん「『ダシリリオン・ロンギシマム』という植物です。どこにでもある木だったら、記憶に残らないでしょ。でも例えば、こんな木だったら、あそこに面白い樹があったねとか、記憶に残ったり感動してもらえる。それがオレらの仕事の醍醐味かな。もちろん普通の分かりやすい樹の方がいい時もあるけどね」

※『オサメユキ』は日本の農林水産省が認定した国内の和名。正式表記はPhilodendron pedatum "Osameyuki"

他にも、水気や湿気を好む植物(食虫植物も!)や、地下には開花調整を待つ切り花などが保管されている冷凍庫もあり、どのハウスにも普通の花屋さんではお目にかかれないタイプの植物がたくさんあります。
植物園のようなハウスを一通り案内してもらった後は、場所を移動してお茶をいただきました。

「今はもうこんなに仲良しやけど、初めてgrafと仕事をした時はどんな印象やったん?」

清順さん「今までのお客さんと全然違うタイプやったから、ものすごい新鮮やった」

「grafはどういうタイプってこと?」

清順さん「仕事やねんけど、遊んでるみたいな(笑)。仲良くしてもらってるからありがたいです。ほら、ある程度響き合ったら、ワーッと広がるし盛り上がるやん。最近の中ではまさにそういう相手の一つやった。温室での『生意気展』のアフターパーティーも最高やったなぁ」

「清順で何代目になるの?」

清順さん「親父で4代目。うちの創業は明治元年。初代はあまり記録に残っていないんだけど、大阪で苗を買ってきてこの辺りで売ってたらしい。たまたまうちの地下に井戸水が豊富に沸いてて、2代目のひいじいちゃんが明治のころ初めて温室を建てたらしい。まだ当時は、植物用の温室なんて日本になかった時代やったからね。開花調整に成功したのもこの頃。ちょうど百貨店がオープンし始めた時期でもあって、ビジネス的にもどんどん伸びていった。『開花調整と言えば花宇』というイメージも定着して、3代目からは生け花が押せ押せの盛況の時代で、親父の代でバブルがはじけるまではピークでしたね。以来、生け花やフラワーデザイン、そのほかいろんな植物のプロがうちの素材を使ってくれるようになった。何せ花材の大元やから昔からよく知られてはいたけど、今後はさらにうちの用意する花材が『花宇ブランド』としてやっていけるように、頑張ってるところ」。

  • 去年、メキシコから輸入した『ダシリリオン・ロンギシマム』という名の多肉植物。樹齢200年を超える老木を、清順さんが初めて日本に仕入れた。
  • 気さくで親しみやすい清順さんはgrafのメンバーともすぐうち解けて、今では大の仲良しに。

「へー! そんな有名な老舗とは知らなかった!」

清順さん「業界では、生け花の材料提供の老舗というイメージやねん、[花宇]って。で、木に登って生け花の花材用の枝を採ってくるバブルの時代に活躍した職人さんが、みんな辞めてしまってもうほとんどいないから、オレはそんな職人さんたちが持っていた知識を絶対に極めないとあかんな、と思っている」

「それってどんな知識?」

清順さん「この生け花の流派のこの型にはこんな枝がいるっていうような知識など。流派によって求めているものがホンマに全然違う。アート寄りから、ヨーロッパ的なもの、日本の古来の形まで...。いわゆる『素材屋』のオレらは全部知っておかないとあかん。この仕事始めてから3年ぐらいは、ずっとそればっかりやっていた」

「そういうことはどうやって習うの? 誰かに修業に着くの?」

清順さん「関東や中部、九州と日本全国にいる職人さんのところに出向いて、その職人さんが得意としている木や縄張りや切り方を全部教えてもらうねん。そういうのを3年間繰り返していて、この頃は全く遊ばずにずっとそれを覚えることに集中していた。この仕事をやり始めた頃から、なんでか分からんけど、この仕事はオレが一番上手くなるやろうな、って変な自信があった」

「確かオーストラリアに留学してたんだっけ。仕事始めたのはどんなきっかけ?」

  • ここは水性植物のハウス。植物の葉の緑の絨毯の下は水が敷かれている。
  • 食虫植物と言えば『ウツボカズラ』が代表的でよく知られているが、これは主に北アメリカに生育する『サラセニア』という食虫植物。
  • 『チランドシア・ウスネオイデス』というパイナップル科の植物。和名は『さるおがせもどき』。根がほとんどないエアープランツ。

清順さん「21歳の時にオーストラリアへ留学した後、アジアを放浪していて、最後は熱帯のボルネオ(カリマンタン)にいたんですよ。そしたら突然、親父から『帰ってこい』って連絡があって、帰国したら早速『明日からお前は[花宇]の社員や』と。2、3日後には仕事の修業で伊豆へ行かされました。40℃の熱帯からいきなり冬山での仕事ですよ! でもその頃は植物に全く興味なくって、桜と梅の区別もつかないほど。職人さんには子ども扱いされるし、よく泣いてましたね」

「なかなか苦労してるね。でもそこで投げ出さないのが清順らしい」

清順さん「上手くならないといつまでも一人前として扱ってもらえないと思ったから、必死も必死! 親父の名前が通っていたから、いつまでたっても親父の息子としてしか思ってもらえなくて。でもそうやって2、3年必死で修業したら周りの対応も変わってきたんよ。オレも気が長くないから、生意気なこと言ってムカつくと思われてたこともたくさんあったと思う。でも、気が短くないと職人さんはダメやと思うんですけどね。だから仕事が遅い人とか、話が全然合わなかったし」

「お父さんが偉大やったんや。そのスパルタ加減は、以前にこの企画で訪ねた淡路の左官職人の久住さんのところと似ているかもね。それにさっきの尾崎さんのところもお父さんが有機農業で有名な人、ということでは似ているかも」

清順さん「へーそうなんや。なんか話合うかもね」

そんな修業時代を経て、[花宇]の社員になった清順さんですが、今度はお父さんの西畠勲造さんとの対立の時期が待っていました。
対立といっても「ジェネレーションギャップみたいなもの」と清順さん。
英語の習得のため、高校を卒業して海外へ行き、帰国してからは、「今日から社長と呼べ」と、現在の親子でありながら上司と部下の関係に至るわけですが、修業が終わってからのバトルの時期は、それはかなり辛かったようです。
でも全ては今までの古いものを守りながら、[花宇]ブランドとして進んでいくため。

清順さん「ある時期からスーパーマーケットで生産者の写真付きの野菜が売られ始めたのを見た時にオレは、花も同じようにその花の出生や生産元を明確にするべき時代が必ず来るってずっと言ってた。今、この時代にそれをやることは、とても意味深く、面白いことのはず。そして、それは[花宇]ブランドとしてやるべきだって」

「なるほどね。それは具体的に始めてるの?」

清順さん「今はその花や植物のことをあまり理解せずに販売したり、扱っている人が多い。だから[花宇]の花材を使ってくれているプロの方々には、その花材がどこからどのようにして手に入ったか説明したり、セミナーを開いたりして、理解を深めてもらおうと努力している。また、[花宇]が毎年育てている花材を障害者の施設の方たちに植えてもらったりとか、過疎化が進んでいる村の人たちに協力してもらったりとか、年配の植木屋さんに協力してもらったり、そんな風に広げてる。今の[花宇]のスタッフは協力的で最高のメンバーやねんけど、仕事量が多すぎてスタッフだけじゃ回りきらないから、こうしてコラボレーションして輪を拡げていった方がいいと思うし、例えば1本のひまわりでも、ただ育てて売るより、その花の出生、つまりその一つの花のバックグラウンドやストーリーが見えてくるようなもののほうが、それを扱ってくれるお客さんにも重みを感じてもらえる。花は工場で生まれるものではないからね」

「それはプラントハンターの仕事とはちょっと違う?」

  • 留学、放浪の後、お父さんに呼び戻されて帰国していきなり今の世界に。修業時代は悔しくて泣いた日々も...。
  • 左は『マカイキリン』という名の多肉植物。右の熊のような茶色い塊は、いわゆる蘇鉄(ソテツ)の突然変異。日本の南の島で見つけた、世界に一つの個体。
  • 風車のような形のメキシコ原産の多肉植物、『アガベ・アテナータ "ボーディン ブルー"』
  • 吊り下げられたヘゴのプレートから生えているのは、いろんな国から集められた『コウモリラン』という植物。

清順さん「そうやね。でもそれも含めて、常に人が魅力的だと思う花を探し続けないと、オレらの会社は植物探しを辞めたらそこで終わるんですよ。常にいい花ないかなって、来年、再来年、10年後、30年後のために探したり、仕込んでおかないと、これを止めたら一瞬で会社はダメになります」

「いつも思ってたんだけど、スタッフの方って清順より年上でしょ。でも何て言うか、みんな違和感なく、すごくイキイキと仕事をしてるなぁと」

清順さん「みんなのおかげやな、オレこんなんやのにな(笑)。ほんまスタッフには頭が上がらない。親父のこともちゃんと尊敬してるで。昔、何かで『誰のことを一番考えてるか』って聞かれて、起きている時間の8割ぐらいは親父のこと考えてるって答えたもんね」

「へー! 意外」

反発した時もあったが、仕事を知れば知るほど、お父さんに対して尊敬と感謝が。起きている時の8割ぐらい、お父さんのことを考えていたときも。

清順さん「草刈りをしていても、なにをしていても、とにかくいつも親父のことを考えながら仕事していたような気がする(笑)。超えないとあかん壁のような、相談相手のような、ライバルのような、不思議な存在。すごい意識してるんですよ。でもやっぱり[花宇]という名前があったからオレもここまでやってこれたし、親父が海外に行かせてくれたから、今こうして海外からの仕事も来るようになってるんやな、と。感謝しないとね」

お話にもあった通り、現在、清順さんがやっている仕事の1/4は海外の仕事。
今まではプラントハンターという言葉通り、海外に出向いて珍しい植物などをハンティングしてくる輸入の仕事がほとんどだったけれど、最近は逆に『日本の植物を探してほしい』という海外からの依頼も増え、植物を輸出する仕事も多いそう。
『[花宇]が選ぶ木が海外でもっと評価されるべきだ』と、海外の会社に出資してもらってヨーロッパの国際トレードショーに大きな植物を出したことも。

清順さん「トレードショーでは、いろんな国のバイヤーが結構注目してくれて、今は不景気とはいえ未来を感じた。自分がええなぁ、と思った木がこうやって海外で評価されるのはめっちゃうれしいです。でもそれ以上に一番うれしいのは、生け花の大御所の先生に使ってもらえたり、よくやったと評価してもらえた時。生け花ですごくいい枝っていうのは、結構手に入れるのが困難な場所にあったりするんです。だからその努力を評価されるのはすごく名誉なことだし、[花宇]としての花材の質を落とさないようにこれからもやっていかないと」

「やっぱり日本の生け花の世界ってすごいんやなぁ」

清順さん「あとは、生け花もそうだけど、一流の植物を扱っていたら、一流の人達と仕事をすることになるでしょ。その出会いが楽しい。grafとの出会いもそうだった。植物が出会う機会を与えてくれるんです。相変わらず植物に頼ってるなと思いますけどね(笑)」

「まさに仕事の醍醐味やね。清順ってプラントハンターのライバルはいるの?」

清順さん「プラントハンターって、国が違うとお客さんが違うから、世界各国のプラントハンター同士はすごく仲良しなんですよ。オレらの仕事って、お互いいろんな国のプラントハンターと知り合いたくて仕方がない。だから日本で珍しい花やお金になる植物とかを手に入れたかったら、絶対にオレと知り合いになりたいはずなんです。逆もしかりやから、異国間では絶対、ライバル関係にはならない。でも国内の場合は、仕入れ先がかぶってくるからね。新作を誰が先に手に入れるかとかね。でも[花宇]は海外から独自で仕入れて来るし、山野草から熱帯植物、サボテンまでいろんなものを扱ってるから、誰かをライバルとか、そういう風に感じたことはないんです。そういう意味ではオンリーワンやと思ってやってます」

植物の世界を極める反面、「仕事も人との出会いも植物が機会を与えてくれている」と語る清順さん。

様々な肩書きが溢れる今の世の中で、プラントハンターという名前自体、「まだ世間ではうさん臭いと思われているんちゃうか」という清順さん。
でも実際に調べてみると、その歴史は古く、ヨーロッパでは既に17世紀にはこの名前で仕事をしていた人がいるほど。そしてそれはプロフェッショナルな世界で、活躍の場もグローバル。清順さんと一緒に仕事をしているgrafのメンバーも、もっとこの名前が浸透して欲しいと強く思っています。 空港や駅といった公共の場所から、街のテナントやショップ、レジャー施設など、清順さんの名前が表に出ることはなくても、彼が手掛けた植物はいろんな所で知らず知らずに人の目に触れられています。それも極、自然に。
マイナスイオンだの浄化だの、植物のパワーは「癒し」で片付けられるものではなく、清順さんが話すように、記憶に残ったり、感動したり、話のネタになったり、暮らしの中でコミュニケーションの源にもなり得るのです。 grafが清順さんとコラボレートして[graf living : showroom]で開催された『植物がある暮らし』。期間中のショールームは[花宇]ほどではありませんが、いろんな植物が天井から吊るされたり、壁に掛けられたり、かなりガーデン風でした。
インテリアとしての存在感だけでなく、毎日少しずつ成長する植物の変化を身近に感じられることは、自分自身の気持ちに余裕ができ、生活にゆとりが生まれると思います。
『植物がある暮らし』の2回目の展示は6月上旬に終わったばかりですが、清順さんもgrafのみんなも3回、4回と続けていきたいと思っています。

Fin
(取材/天見真里子)

株式会社 花宇

兵庫県川西市絹延町3-10
TEL/072-759-3765
一般の方への植物の販売はしていません。
http://www.hanau.jp

grafからのメッセージ

今回もまた、予想通り、いや予想以上に非常に充実して濃い内容となりました!

尾崎さんはイメージ通りの『真っ直ぐな人』。生活スタイルもそうでした。
それは、『スローライフ』や『ロハス』といった言葉には絶対に収まらず、じゃあ何て表現したらいいのかな、と取材後みんなで話をしていたのですが、コレという言葉は見つかりませんでした。
「トマトソースが無くなったら、それはそれで仕方がない」という商売気ゼロの潔さもあって、一方でインターネットなど、この時代だからこその便利なところは柔軟に取り入れて...。
そういう押し付けがましくなく、ウソがない正直な生き方に、訪問したメンバー全員すっかり惚れ込んでしまいました。

そして清順。
彼の快活な人柄と、人間味にあふれたところは、いつ会っても気持ちがいい!
今回は、普段はほとんど話さない過去の修業時代の苦労話まで初めて聞いて、ますます好きになりました。これからもいろんな人に紹介したいし、またそこからどんどんいろんなことや人に広げていって欲しいと思います。

これは僕たちの一方的な印象だけど、不思議と共通点がある2人でした。
自分が今やっていることに対しての情熱は誰よりも熱く、『オンリーワン』だと思っていること。
そしてそれぞれの分野で新しい道を切り開いた偉大な親父さんがいて、だけど同じレールを進んではいないところも。
尾崎さんも清順も、都会に感化されることなく、今あることと今あるものにちゃんと着目して、しかも未来のこともしっかり見据えています。

そうして僕たちが思ったのは、今の僕らは『都会の田舎もん』とでも言いましょうか...、都会に住んでいて当たり前のことを知らなさすぎだったということ。
真冬にスーパーマーケットに並ぶトマトを見ても違和感を感じないように、知っていたはずなのに、何か大切なことを忘れてしまっていたんだと思います。
それに気付かせてくれた二人に感謝しないと。

近いうちに二人を引き合わせようと、勝手にみんなで盛り上がっています。
その時は、尾崎さん、清順、どうぞよろしく!

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