
09.05.27
最後に訪ねた吉野の国栖(くず)地区は、世界遺産に登録された吉野山の東に位置します。
大宇陀から南に約10kmほど行ったところにあり、クルマで向かうと、吉野川がヘアピンカーブのごとく蛇行する雄大な景色が現れます。
この国栖に紙漉きが伝えられたのはおよそ1,300年前、大海人皇子(天武天皇)が追手を逃れてこの地を訪れた時、という説が『古事記』や『日本書紀』に記されています。
しかし林業の不振や後継者不足などの問題で、手漉き和紙の工房は現在では7軒が残るのみ。
息子さん夫婦と3人で[吉野手漉和紙工房・植]を営む、手漉き和紙職人の植貞男さん。
そのうちの1軒、今回訪れた[手漉和紙工房・植]は、植貞男さんが6代目となる息子さん夫婦と3人で営んでいる小さな工房です。
コウゾという木の靭皮繊維だけを使った表装用の宇陀紙を始め、杉やヒノキの皮から作る手漉き和紙を昔ながらの伝統的な製法で作り続けています。
お伺いした時には、軒先には柿渋で染められた和紙が干されていて、その横には和紙の原料となるコウゾの束が置かれていました。
植さん「これが吉野の和紙のメインとなる原料のコウゾです。
道路を挟んだ向こうにコウゾの木の畑があって、そろそろ芽が出てきている頃ですが、毎年正月開けの仕事始めに、枝を切るんですよ。
こちらの茶色の木は切って蒸して乾燥させたもの。
さらにここから外側の茶色や青い部分を取って中のあま皮(内樹皮)だけにしたのがこちらです。
これで最高の原料の仕上がりです」
「コウゾの紙は高級なんですか?」
植さん「吉野の和紙は表装用、つまり掛け軸に使われる一番上等な紙なんです。
特にこれらは真っ白でないといけないので、さらにここからもう一度濡らして細かい部分や茶色い部分を取り除いて、白い繊維だけにするんです」
冨田さん「原料を作るまでが大変なんですね」
植さん「掛け軸の場合は、200年、300年と保つものなので、繊維を傷めてしまってはダメなんです。だから漂白はしません」
「昔の紙って、なかなか破れませんもんね」
植さん「和紙って繊維の成分自体を殺さずに作ってあるから、息もするし水分も吸います。
だから長持ちするんです。虫にはどうしても食われますが、柿渋で染めたものは防虫効果もあります」
「原料って言っても、木を育てるところからが仕事ってすごいよなぁ」
「家具とは違うところやね」
「工房街道」のツアーやワークショップではいつも教える側ですが、今回はみんなで紙漉きを体験してみることに。
工房内では植さんの息子さんが吉野で一番上等な表装用の宇陀紙を漉いていました。
同じテンポを崩すことなく、漉いては重ね、を繰り返すその一連の動作はすごくしなやかで、思わず見入ってしまうほど。
見ていると簡単そうだけど...。
植さん「まずこれが原料です。白いのがパルプ、黄色いのが杉とヒノキの皮、そしてこれが先ほどのコウゾです。杉とヒノキは色合いを付けるため、コウゾは強度のためです。これを入れてまずよく混ぜます」
ギーコ、ギーコ、ギーコとまんべんなく水に溶かしたところに、糊を加えてさらによく混ぜます。
冨田さん「糊も天然なんですか?」
植さん「そうです。糊空木(のりうつぎ)という木のあま皮から取れる天然の糊です」
まずは植さんが一度お手本でササッと漉いてみて、いよいよ本番。
「均等に動かすのが難しいです! 意外と腰にきますね」
植さん「そう、紙漉きは腰が大事。一日中やろうと思ったら腕だけでは無理ですよ。
腰を使わないと。大きくて薄い和紙ほど漉くのが難しいんです」
植さんの作品、和紙で作った帽子とグローブ。ちゃんとメーカーのタグも付いています。
3人でそれぞれハガキとタペストリー、変形のカードを製作。
漉いた後の乾燥などはおまかせすることに。
最後に植さんの作品をいくつか見せてもらうと、なんと和紙でできたプレートや帽子、グローブまで。
中でもグローブはちゃんとスポーツメーカーのタグが付いていて本格的(試験的にコラボで作ったそう)。コウゾ100%で柿渋で染めてあるため、とても頑丈で実際に使えるそうです(但し、硬球は無理かも!?)。
大森さん「かつては障子紙や番傘の紙など、日常的に需要があった和紙ですが、今ではこういった掛け軸などの特殊な用途にしか使われなくなっているのが現状です。そこで植さんは、将来の世代に伝統ある技術を引き継いでいけるよう、スポーツ用具やキッチンの道具、インテリア、服飾雑貨など、新しい和紙の活用方法を探求しながら、ワークショップや紙漉き体験など、紙漉きの技術を広く知ってもらう活動を続けているんですよ。
代々引き継がれてきた紙漉きに対する想いやそれを残すための活動に、私もすごく勉強になりますし、何かお手伝いしたいと考えさせられます」
紙漉き体験で作った和紙の完成品は後日、大森さんに持って来てもらうことになり、我々は帰路へ。
南阪奈道もできて、よりアクセスが便利になった奈良。東南部の吉野から大阪まででも約1時間半で行くことが可能です。
個人的には温泉(大宇陀にイイ温泉があるんです)にも寄りたかったなぁ...とも思いつつ、クルマを走らせました。
Fin
(取材/天見真里子)
和紙工房・植
奈良県吉野郡吉野町南大野237-1
TEL・FAX/0746-36-6134
※紙漉き体験は要予約
大森さんの師匠である奈良県立大学の村田教授にお声掛け頂いたのをきっかけに、一緒にこの奈良の「工房街道づくり」の地域活動に参加するようになって早3年。
今は江本さんや植さんのような職人の方々の協力もあって、モニターツアーなどを企画しながらようやく方向性が見えてきた、という状況です。
手つかずだった土地を耕して、やっと作物を植えられるような状態にしたような感じでしょうか。
僕自身、奈良はもともとよく遊びに行っていた場所でした。
でもこうして自然と共存する地域の事業に関わってみると、山や森に余っている大量の杉やヒノキの間伐や、産業廃棄物の不法投棄の問題などが深刻で、僕自身環境に対する意識や価値観が変わったと思います。
ここに来る前は、都会で仕事をしている僕が、この町でどう力になれるのか不安でした。
しかしいざスタートすると、この地で暮らす方々の想いや考えがたくさんあって、いろんなこだわりと意見がぶつかり合って、なかなか話が進まないこともあったり...。
この地の工房の方々も頑なな職人気質ではなく「どんどん都会の人も来てよ!」と、とてもライトな雰囲気です。さらに個人個人と話してみると、年配の方でも「森をどうやったら、もっと活用できるか」とか、すごくいろんなことを真剣に考えられていて、歳をとってもそういう前向きな考えを持ち続けている人たちはすばらしいな、とよく考えさせられます。
ただ、じゃあ実際にどうやっていくかが、これから難しい課題ですが...。
僕が今やっているワークショップも、始めた頃から「間伐材や廃材の有効利用」がコンセプトの一つなんですが、その考えを貫いて、この先いくつになっても、ずっと継続していかないといけないな、とすごく感じます。
大阪から移住した切り絵の江本さん、紙漉きの植さん、大宇陀の澤井さんも、そして市町村をまたいで、みんなの橋渡し役として駆け回っている大森さんも、みんな何かしらリスクを背負って、この「工房街道」の企画に取り組んでいます。
僕だって少なからずそうです。でもそのリスク以上の何かが得られるはずです。
この町おこしを通して、この地域だけじゃなく広くこれからの社会が、何年か経った時にいろんな意味で変わってくれれば...、と思っています。 具体的にこれからの「工房街道」についてですが、現在はオリジナルの商品を開発しているところです。間伐材から作る日用品とか。
まだ試作段階ですが、仮にgrafがコラボレーションすることになれば、グラフィックデザインや建築等も手掛けるかもしれません。
あとは農作物が豊富な地域なので、農業をされている方との展開も考えています。
ゆくゆくはインターネットでの販売サイトなども立ち上げたいと思っています。
2010年には「平城遷都1300年祭」もありますし、もっと奈良は盛り上がりますよ。
まだまだ種まきはこれからですが、ええ感じやと思います、奈良!