
09.05.13
何本もの木で外から支えられたような船のような形の建物。
壁には円筒上に斜めに窓が切り取られていて...。
その横には、ロールケーキのような形の、これまた不思議な建物が...。
これは何...!?
ここは久住さんのお父様で、日本を代表する左官職人の久住章さんが早稲田大学の学生とコラボレートして作ったゲストハウス。
建築時にはまだ大学院生だった[南の島工房]の建築家・日置拓人さんも設計・施工で携わっています。
2棟あって、最初に作られた方は、細い木を規則正しく組み土壁で仕上げた建物。
天井も高くトタンの屋根なので自然光が入り、外から見るよりもかなり開放感があります。
grafのみんなも幼少時代に戻ったみたいに、木の梯子を登ったり、上から眺めたり...。
もう一つは宿泊棟で、お風呂やトイレ、ベッドなども完備。
このゲストハウスは、若手建築家の登竜門として有名な新建築社の「吉岡賞」(現在「新建築賞」)を'99年に受賞しているそう。
「すごい! 不思議な空間やなぁ。こんなゲストハウス見たことない」
「パオのような民族っぽい雰囲気もあって、海の家のような懐かしさもある...」
「子供じゃなくてもワクワクする!」
「僕は2回泊まったことがあるんですけど、夏はめちゃめちゃ暑かったです...」
そう、手作りゆえに冬は寒くて夏は暑く、隙間風も入って来るし、雨漏りもする。
壁の色も変わってきているけど、それがまたいい感じの朽ち方で。
建てられてからもう10年以上経つのに、意外と丈夫だし。
現在は、管理まで手が回らないこともあり、残念ながら一般の宿泊は受付ていないそう。
久住さんは18 歳から左官の修行に出て、何人かの親方のもとで左官技術を学んだそう。
中でもお茶室などの伝統的な仕事は、絶対に材料から作る職人でないとできないとか。
もちろんお茶室の仕事は頻繁にあるわけではないから、「今、急にやれって言われても、時間を掛けないとできない」と久住さん。
ではどうやって自分の技術や経験値を上げてきたのか尋ねてみると、個人の住宅のクロスを貼るような仕事では、中塗りの段階でも"訓練のつもり"で仕上げのように丁寧に作業していたんだとか(もちろん工賃はそのままで)。
お茶室に限らず、久住さんの仕事全般に言えるのは、「いいものを残したい」という想い。
淡路での久住さんの仕事を見せてもらうと、それがとてもよく分かりました。
まずは久住さんの最新作、昨年末にオープンしたばかりの[夢泉景別荘 天原]を訪ねて、洲本に。ここは[ホテルニューアワジ]グループの最も新しい宿。全室がオーシャンビューで温泉の露天風呂付、というクラス感のあるお宿。
こちらの宿泊者専用ガーデンラウンジの壁を久住さんが手掛けています。
無垢の木と土の壁が調和した"和"を感じさせる素敵な空間の中でも、特に印象的なのがカウンターの後ろ、土を地層のように突き固めた「版築」の壁。
久住さん「淡路の土を使って、表情が出るようにこの手法にしました。
この宿は、名前の由来もそうですが、テーマとして『国生みの神話』があるんです。
日本をつくった後、余生を淡路でゆっくりと過ごされたという伊弉諾尊のように、お客様にも心から落ち着ける場所を提供したいという考えから、あえてナントカ風といった内装や豪華な装飾ではなく、自然の素材で温もりのある雰囲気にしてあるんですよ」。
次に訪れたのは、洲本の本町7丁目商店街に面した白壁の米田邸という個人のお宅。
土蔵と同じ造り方で、10年前ぐらいに全面的に補修したそう。
ただし、全面といっても取り壊して一からの建て直しではなく、中の土台はそのまま。
それにはある理由がありました。
久住さん「ここは全部建て直した方が安くつくのに、一つの部屋を残すためだけに、あえてこういう方法が選ばれたんです。その部屋は、職人さんが手間を掛けて作った部屋で、寄せ木で模様にしてあったり、家具も豪華で素晴らしい空間でした。現在も残っている淡路での僕の仕事の中でも、ここは特別に好きですね」。
残念ながら個人邸ということもあり、中は見られませんでしたが、古い昔ながらの商店街に違和感なく馴染んでいました。阪神・淡路大震災の後、建て替えや増築が相次いでいるのは仕方ないことだけど、街中だけでなく、棚田の中にある入母屋造りの農家といった淡路らしい景観が年々少なくなっている...、こうした建造物を意識して残そうという人が少ない現状は残念だな、と感じました。
米田邸
洲本市本町7丁目商店街付近